新着情報

医療機関で知的障害や精神障害のあるスタッフを複数名雇用する際には、別々の職場に配置して仕事をする場合のほか、グループで働く場合もあります。職員規模の大きな病院では、雇用するスタッフの数が多いため、専任のジョブコーチを置いてグループで働くケースも多く見られます。このようなケースでは、仕事の種類も多彩にできるため、比較的障害の重いスタッフでも働きやすい利点があります。

グループで働くといっても、常に集団で作業を行うわけではありません。午前中や午後など時間を区切って、個人又はペアを組んで病院内の他の場所に出向いて作業することもあります。それでも、始業時や終業時のミーティングをしたり、院内各部門から受注した業務をまとめて作業する専用のスペースがあると、作業の生産性も高まります。

ただ、病院内には余分な部屋は少ないため、専用のスペースを確保するのに苦労される病院も多いようです。事務部門の職員が働く大部屋の一角をパーテーションで仕切り、そこに作業テーブルを置いて専用コーナーとするケースが多いようですが、院内の小会議室や倉庫代わりに使っていた部屋を転用するケースもあります。病床規模の縮小により閉鎖された病棟の病室を転用した病院もあります。なかには、事務部長が大部屋の事務室に机を移して、部長室を障害のあるスタッフの作業オフィスとしたような、心温まるケースもあります。

実際の事例を見ると、最初は事務室の一角から始めても、作業ぶりが評価され院内から発注される業務量が増えていけば、自然と専用の広いスペースが用意されてくるようなので、まずは始めてみることが大切でしょう。

平成29年度の障害者雇用施策関係予算は、平成30年4月から法定雇用率の算定基礎の対象に精神障害者が追加され、法定雇用率も引き上げられることを踏まえ、既存の施策の拡充に加え、新規の施策が盛り込まれています。

(参考)障害者に対する就労支援の推進~平成29年度障害者雇用施策関係予算のポイント~

このうち「障害者の職場適応・定着等に取り組む事業主への支援」に含まれる「障害者雇用安定助成金(障害者職場定着支援コース)」は、事業所が雇用する障害者の職場定着に資する障害特性に配慮した雇用管理や雇用形態の見直し等の措置について計画を作成し、計画に基づいて1つ以上の措置を講じた場合に助成金を支給するものです。

(参考)障害者雇用安定助成金(障害者職場定着支援コース)

(参考)障害者雇用安定助成金(障害者職場定着支援コース)のご案内(リンク)

また、「精神・発達障害者を支援する環境づくりに向けた支援」である「精神・発達障害者しごとサポーターの養成」は、企業内において精神・発達障害者を温かく見守り、支援する応援者となる者を養成し、サポーターを増やしていくことで職場における精神・発達障害者を支援する環境づくりを推進するものです。

(参考)精神・発達障害者しごとサポーターの養成について

 

公益社団法人日本精神神経科診療所協会が厚生労働省から平成27年度に受託した「医療機関と連携した精神障害者の就労支援モデル事業」(医療機関に対する精神障害者の就労支援ノウハウの周知・普及等の実施事業)により、精神障害者の就労支援やリワークを独自の工夫で展開している10 の精神科医療機関において、「就労支援に取り組み始めた要因と時期、経過と実績」「就労支援の体制」「現状の課題」「地域の実情と課題」「今後の展望」、「医療と福祉の連携」についてインタビューした内容を「就労支援・リワークを担う精神科診療所」にまとめ、同協会のホームページ上で公表しています。

同協会では、平成28年度及び29年度にも厚生労働省から「医療機関に対する就労支援プログラムのノウハウ普及・導入支援事業」を受託し、平成28年度は10の精神科医療機関、平成29年度は8の精神科医療機関にインタビューした内容を「就労支援を担う精神科診療所~医療が精神障害者の“働く”を支援する~」にまとめ、同協会のホームページ上で公表しています。

 

(平成29年度紹介事例)

・医療法人社団 祐和会 大石クリニック(神奈川県横浜市)

・宮城クリニック(宮城県石巻市)

・医療法人社団 草思会 錦糸町クボタクリニック(東京都墨田区)

・医療法人カタツムリ 江別こころのクリニック(北海道江別市)

・医療法人 エスポアール出雲クリニック(島根県出雲市)

・中山心療クリニック(広島県広島市)

・医療法人 医生会 宮内クリニック(徳島県徳島市)

・医療法人 芳明会 早稲田クリニック(宮崎県宮崎市)

 

(参考)「就労支援を担う精神科診療所~医療が精神障害者の“働く”を支援する~」(リンク)

 

(平成28年度紹介事例)

・ひがメンタルクリニック(埼玉県さいたま市)

・医療法人博友会 まるいクリニック(京都府京都市)

・医療法人遙山会 南彦根クリニック(滋賀県彦根市)

・鳴海ひまわりクリニック(愛知県名古屋市緑区)

・医療法人社団 原クリニック(宮城県仙台市青葉区)

・医療法人社団自立会 さいとうクリニック(神奈川県横浜市神奈川区)

・医療法人真浄会 寺町クリニック(大分県中津市)

・医療法人社団至空会 メンタルクリニック・ダダ(静岡県浜松市)

・医療法人 多布施クリニック(佐賀県佐賀市)

・もりおか心のクリニック(岩手県盛岡市)

 

(参考)「就労支援を担う精神科診療所~医療が精神障害者の“働く”を支援する~」(リンク)

 

(平成27年度紹介事例)

・医療法人遊心会 にじクリニック〈大阪府大阪市〉

・医療法人楠朋会 くすの木クリニック〈大阪府大東市〉

・医療法人 三家クリニック〈大阪府寝屋川市〉

・医療法人陽山会 丸野クリニック〈福岡県飯塚市〉

・医療法人社団 ほっとステーション大通公園メンタルクリニック〈北海道札幌市〉

・医療法人社団雄仁会 メディカルケア虎ノ門〈東京都港区〉

・医療法人啓夏会 響ストレスケア~こころとからだの診療所〈山梨県甲斐市〉

・医療法人社団宙麦会 ひだクリニック〈千葉県流山市〉

・医療法人社団新木会 木の花メンタルクリニック〈北海道札幌市〉

・医療法人社団爽風会 心の風クリニック〈千葉県千葉市・船橋市〉

 

(参考)「就労支援・リワークを担う精神科診療所」(リンク)

このコーナーでは、医療現場で活躍されている障害のあるスタッフや職場に障害のあるスタッフを受け入れた医療関係者の皆さんから、これから障害者雇用を進めようとする医療機関の皆さんに、現場の生の声をお伝えするものです。

 

【仕事への思い】

国立がん研究センター東病院 放射線診断科医長 久野博文

愛仁会リハビリテーション病院 リハビリテーション科医長 藤井優子

「夢をつなぐDoctor’s Network」(障害のある医師からのメッセージ)

【職場に迎えて】

国立がん研究センター中央病院 看護部長 那須和子

国立がん研究センター東病院 薬剤部長 川﨑敏克

 

国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)の放射線診断科で医長を務めている久野博文医師は、交通事故による脊髄損傷完全麻痺の障害で車いすを使用されています。受傷後10か月で外科医から画像診断医に転身され、頭頸部の放射線診断で最先端の仕事をされています。久野先生のお話からは、障害に関係なく働ける医療分野の可能性を強く感じることができます。

(インタビュー)

Q はじめに、久野先生が国立がん研究センター東病院の放射線診断科で勤務されることになった経緯からお話しいただけますか。

 

久野 国立がん研究センター中央病院で外科レジデントとして勤務していた2006年11月頃、自転車で通勤途中に、病院近くの青信号の横断歩道で10トンの大型トラックに巻き込まれ轢かれる大事故に遭いました。東京医科歯科大学病院に救急搬送され、1か月間ほど集中治療室で治療を受け、幸い一命を取り留めることができましたが、脊髄損傷完全麻痺の障害が残りました。その後、医師として復帰するためにリハビリをしている時に、私が脊損で車いすの生活になることを知った東病院放射線診断科の先生から、東病院で画像診断医として働かないかと誘っていただきました。外科医の頃から画像診断にも強い関心があったので、画像診断医としてこの病院にお世話になることになりました。2007年10月から東病院で働き始めたので、事故から10か月ほどで仕事に復帰したことになります。

 

Q 脊損で外科医として働くのが難しくなったわけですが、放射線科以外の診療科、例えば、内科という選択もあったのでしょうか。

 

久野 選択肢はたくさんあったと思います。候補の中には、リハビリ医もありました。医師で車いすの方が何人か藤田保健衛生大学病院のリハビリ科にいて、実際に見学にも伺いましたが、それまで外科の第一線でやってきたので、最終的にはそれに関わる仕事がしたいと思いました。放射線科は、患者さんを直接診たり治療したりすることもないので、ある程度自分のペースでできますし、様々な領域の外科医をサポートする点では、外科医の経験も生かせる仕事なので、今考えてもベストな選択だったと思います。

 

Q 国立がん研究センターで放射線科と言えば、国際的にも最先端の領域でしょうね。

 

久野 国立がん研究センターですので、CTやMRIなどの機器も最先端のものが入っていますし、高いレベルで研究もさせていただいています。 周りの人のサポートがあればこそですが、あまり不自由を感じずに働けています。

 

Q 病院はバリアフリーな環境でもありますね。

 

久野 ハード的に見れば、問題はないと思います。

 

Q ハードとは別にソフトというか、サポートがないと困ることはありますか。

 

久野 例えば、学会で発表するときなどには、「車いすを使っているので演台にスロープをつけてください」といったお願いを事前にする必要があります。最近の海外の学会では、演題発表の申請時に障害などで移動に支障があるかどうかチェックを入れる項目があって、これにチェックを入れておくと、演題発表が受諾された後に、「発表時の移動はどのようにサポートが必要でしょうか」と自動的に連絡が来ます。国内の学会ではそこまでのサポート体制は整っていません。

 

Q 2015年4月からアメリカのボストン大学に研究留学されましたが、その時はどうされたのですか。

 

久野 2年間休職させてもらって行きました。

 

Q アメリカの病院には、車いすを使っているスタッフはいましたか。

 

久野 私のいたボストンメディカルセンターでは、車いすを使っている医師はいませんでしたが、病院に出入りしている業者には車いすを使っている人を良く見ました。アメリカでは、車椅子を使っていようがいまいが、働くという点では関係ないという感じです。障害を個性の1つとしてしか捉えていないので、私自身も特に特別な配慮をしてもらったという意識はありませんでした。日本に帰国してからの方が、特別扱いしてもらっているような気がします。

 

Q 国内では目立つ存在なのでしょうか。

 

久野 目立つ存在と言うよりも、「あー車椅子使っていたんだ」と再認識する場面が多いかもしれません。アメリカでは別に気にならないことが、日本だと多少気を使わなければならないかもしれません。

 

Q それは日常生活の中ですか。

 

久野 はい。日本ではエレベーターが設置されていない駅も多いですし、行動する前に色々と調べる必要があります。アメリカではどこに行くにもアポなしで行動でき、たとえば、飛行機なども車椅子と予め伝えていなくてもすぐ対応してくれます。先週もロサンゼルスの学会で発表があり、一人で参加してきました。始めのうちは海外出張など妻や同僚と一緒に行ったりしていましたが、最近は慣れてきたので一人で出かけています。

 

Q 病院で働いている中で、苦労されていることはありますか。

 

久野 1つ問題となるのは、褥瘡です。画像診断医はデスクワークなので、長時間座っていることが多いのですが、臀部の感覚が全くないので、忙しいときに褥瘡を2回ほど作ってしまい、この病院で手術していただきました。

 

Q マットで防ぐことはできないのでしょうか。

 

久野 今も特別なクッションは使っています。仕事であまり無理をしないのが良いのでしょうが、そうも言ってはいられない時もありますので、病院にいるWOCナース(皮膚・排泄ケア領域の認定看護師)や形成外科の先生に時々相談したりしています。

 

Q 放射線診断の画像を読み取る際に、車椅子で足が入らないとか手が届かないとかいう設備機器の問題はありませんか。

 

久野 特にありません。読影室の机の椅子を外すくらいでしょうか。必要があればCT室やMRI室にも行きますが、造影剤のアレルギーで患者さんに対応しなければならないときには、他の人に行ってもらうこともあります。

 

Q 放射線科には技師がいますしね。医師がいて技師がいてチームで働いている点では、内科以上に環境としては良さそうですね。患者さんが放射線診断を受けるときに、立ち会うことはあるのですか。

 

久野 立ち会うことはありません。私の仕事は、もっぱらCTやMRIといった放射線画像の読影になります。画像を参照するデスクに画像を送ってもらい読影するという仕事なので、極端なことを言えば読影室にいなくてもできる仕事です。アメリカに留学中も、日本から画像を送ってもらい、診断レポートを付けて返すという仕事もありました。

 

Q それだと在宅でもできるし、病院に入院している時にもできますね。

 

久野 現に私も褥瘡で入院している時に、病室で普通に症例カンファレンスの読影などをしていました。

 

Q 普通のノートパソコンでもできるのですか。

 

久野 できます。インターネット回線があればどこでもできます。現在はクラウドのシステムなどを利用して、データを送ったり直接画像を参照したりできます。

 

Q そう考えると、ある程度の知識経験があれば、頸損の方がベッドの上で仕事をすることもできますね。

 

久野 できると思います。頚損の方だとキーボードでの入力に制限があるかと思いますが、最近では音声での文字入力が可能で、私も9割以上は音声で入力していますので問題ないと思います。

 

Q なぜ音声で入力しているのですか。

 

久野 身体が楽だからです。両手でキーボードを打つと、ずっと座っていなければなりませんが、音声入力だと手で支えて少し体を浮かせることができるので、お尻を褥瘡から守ることができます。

 

Q もちろん読影力は一朝一夕に身に付けられるものではなく、向き不向きもあるのでしょうが、1つの可能性として画像診断医という仕事には、内科で患者さん相手に時間に追われて診察をするのに比べても、時間的にも余裕がありそうですね。

 

久野 あると思います。他の業務で忙しい時は、緊急性のない症例は残しておけば良いし、後でまとめて見ることもできます。1週間海外の学会に参加した時などは、帰ってからまとめて一気に見たりすることもあります。

 

Q その上、ずっと読影室にいる必要もない。

 

久野 そうですね。がんセンターでは患者さんの状態について主治医とコミュニケーションをとる必要があるので難しいですが、将来的な画像診断医の仕事としては、それこそ、沖縄などで海を見ながら読影することもできるかもしれません。

 

Q 読影する医師がいなくて困っている病院もたくさんあるので、そういう病院から仕事を受けて働くこともできますね。病理診断もインターネットで画像を送れるのですから、病理診断も含めて遠隔で働く可能性も増えていきそうですね。

 

久野 そうですね。画像診断や病理診断は障害に関係なく働くことができる良い分野だと思います。優秀な臨床医の先生が車椅子などで仕事が困難になった場合でも、専門を変更することは難しいことではないと思います。

 

Q 先生はレジデントの時に事故に遭われて、外科医の専門を目指す道から画像診断医に転身されましたが、ある程度専門医でやられてきた医師の場合は、転身のハードルが高いということはないでしょうか。

 

久野 一般的に考えれば、医師免許の資格がある以上、ハードルは高くないと思います。私の場合は、10か月で医療現場に復帰して、そこからすぐに放射線診断を始め、次第に画像が読めるようになってくると、外科医からこの症例はどこを切除すれば良いのかと手術前に相談されるようになりました。そうなるとチームの一員になっている感覚も持てて、ますます面白くなってきたので、転身したことであまり苦労した意識はありません。

 

Q 画像診断医になるための勉強というのは、どのようなものですか。

 

久野 優秀な指導医のもと、症例の経験をたくさん積むことだと思います。専門医を取得するのに5年の経験が必要ですが、私の場合は、2008年くらいからは頭頸部を専門にした画像診断医として働きつつ、東京慈恵医科大学の大学院にも通いながら画像診断の勉強を続けました。2010年と2011年に北米放射線学会で発表した時に金賞をいただいて、そこから外から仕事を依頼していただくことも多くなり、軌道に乗った感じです。

 

Q 先生が優秀だったからでしょうね。

 

久野 それは分かりませんが、この病院は臨床経験を積むことや研究の面で環境が非常に優れていて、症例も豊富ですから。あと、優秀な指導医にも恵まれました。

 

Q 大学病院のように医師が何人もいる病院は良いですが、そうでないところだと独り立ちするのにも時間がかかるでしょうね。

 

久野 そうですね。だからトレーニングの期間はやはり必要で、そういう意味ではこういう大きな病院の方が展開しやすいかもしれません。

 

Q この病院でトレーニングを受けたいと言う人がいたら、受けられるのでしょうか。

 

久野 もちろん受けられます。特にここは私の事例もあるし、仮に障害があっても受けやすいと思います。どこかにそういう人がいればぜひ紹介してください。

 

Q 先生ご自身の事例をどこかで紹介されたことはありますか。

 

久野 一度、がん治療学会のシンポジウムで、事故からの経緯とどのように働いているかについて講演させていただいたことがありますが、そのくらいですね。

 

Q 「医療機関の障害者雇用ネットワーク」では、知的障害や精神障害のある方の雇用事例を中心に紹介していますが、身体障害について在職中に障害を有するに至った方が、離職せずに働き続けられる事例についても発信して欲しいとの意見をいただいています。特に医療職の場合には、働き続けることが難しくなる場合が多い中で、参考となる事例を探し始めたところ、久野先生のことを知りました。

 

久野 アメリカでは履歴書にも車いすを使っていることを書く欄もなかったので、それが採用の壁になっているとは思いません。むしろ、そういう人の方が採用しやすいという、マイノリティー重視の文化であるように思います。日本もそういうところがあると良いと思います。

 

Q アメリカは差別禁止の発想ですが、日本には障害者雇用率制度があるので、雇いやすい面もあるかと思います。それでも職域開発は大切で、「そうか、こうすれば働けるのか」という情報が大切です。

 

久野 私の事例が何かのお役に立つのであれば嬉しく思います。

 

Q 最後に、もし身近に医師で同じような立場になられた方がおられたら、どんなことをアドバイスしたいですか。

 

久野 あまり障害のことは考えずに、自分がやりたいことを選択するのが一番だと思います。仕事を長く続ける上では、自分のモチベーションを保つことが重要です。私も働きはじめた頃は、脊損後疼痛で苦しんでいて強い薬を服用していたのですが、仕事を始めて仕事に集中するようになると、痛みが緩和され薬も減って、やがて薬がいらなくなり、痛みも感じなくなりました。最初はいろいろ心配しましたが、興味のあることを見つければ気にならなくなるし、体がそれに適応していくので、あまり心配せずに好きなことをやったほうが良いと思います。まずは始めてみて、上手くいけばそれでいいし、上手くいかなければその時に考えればいい、そのくらいの思い切りが必要な気がいたします。

 

Q 今は、仕事のほうも充実しておられるのですね。

 

久野 そうですね。おかげさまでいろいろやらせてもらっています。なんでも本人次第のような気がします。

 

Q 本日は有難うございました。

 

(聞き手:依田  2017年5月)

関東地方にある国立研究開発法人の病院では、数年前から知的障害者の雇用をスタートし、雇用数も徐々に増やしてきました。スタッフの作業能力は年々向上し、作業スピードも上昇していくため、それに応じて業務量も増やしていくことが課題となります。この病院では、看護部門の協力で開拓した業務が仕事の中核を占めていますが、当初は一部の病棟から発注を受けていた業務も、作業の成果を見て新たに発注してくれる病棟が増えていくことで、業務量も自然と増やしていくことができました。

しかしながら、新たに雇用されるスタッフも増えてくる中で、従来の業務だけでは仕事量が不足する状況となり、院内から新たな業務を切り出すことが必要になってきました。

こうした状況を踏まえ、院内からの新たな業務の切り出しを検討してもらう目的で、「猫の手お貸します」というチラシを作成し、院内各部門に配布しました。チラシには、障害のあるスタッフが院内で現在行っている仕事の内容を紹介した上で、このように書かれています。

「もし上記のような『単純作業なんだけど時間がかかる』『難しくはないけどちょっと手間』といった『猫の手があったら借りたい』仕事がありましたら、ぜひ私たちにお任せください。丁寧・確実に仕上げてお届けします。他にも、『これもやってもらえないかな?』というお仕事がありましたら、まずはお気軽にお問い合わせください。」

チラシの裏面には、「医療機関の障害者雇用ネットワーク」のホームページに掲載された切出し業務の具体例を参考に、「医療機関における知的障害者の業務従事例」を記載し、院内の部門ごとに具体的な業務内容を分かりやすく例示しています。リストの中で既に自院で障害のあるスタッフが従事している業務を明記することで、より現実的なイメージを持てるようにし、リストに沿って新たな業務拡大を検討できるように配慮しました。

このチラシの効果もあって、新たに放射線診断部門より造影剤を箱から出してシリンジとセットする作業が発注され、また、検査部門からは治験検査薬の廃棄資材の分別作業を発注されたそうです。数年にわたる実践がある中でも、こうした業務開拓の働きかけを積極的に行うことの大切さについて、改めて感じさせられます。

労働安全衛生法の改正により、平成27年12月から従業員50人以上の事業所では、ストレスチェックの実施が義務付けられました。ストレスチェックの目的は、職場のストレス状況を確認し、メンタルヘルス環境を改善するという一次予防にあります。この職場のメンタルヘルス環境と障害者雇用との間には、どのような関係があるのでしょうか。

この点について、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の障害者職業総合センターが2016年3月に発表した「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方法に関する研究」(調査研究報告書N0128)には、興味深いデータが掲載されています。メンタルヘルス不調により1か月以上継続して仕事を休んだ社員が職場に復帰しているかどうか、復帰した場合に短期間のうちに再発等せずに安定的に働き続けられているかどうかを、職場のメンタルヘルス環境の指標として分析しているのです。

この調査では、業種や企業規模に配慮した7,000社を対象にアンケート調査が行われ、約2,000社から有効回答(回答率30%)があり、医療・福祉業からも204社ほどの回答がありました。医療・福祉業の状況を全産業平均(【 】内に記載)と比較して見ると、医療・福祉業では休職後に職場復帰した者について、

「ほとんどが安定的に働いている」14.7%【22.3%】

「半分以上は安定的に働いている」16.2%【18.2%】

「安定的に働いている者は一部」17.2%【14.2%】

「ほとんどの者は安定的に働いていない」14.7%【8.8%】

「復帰する者がほとんどいない、1か月以上連続して休む者がいない」24.5%【24.2%】

「無回答」12.7%【12.4%】

となっていて、職場復帰後に安定的に働けている事業所の割合は、他の産業と比べても低い状況にあることが浮かび上がっています。

注目されるのは、これらのデータと障害者雇用の経験の有無との関係です。精神障害かどうかに関わらず、現在、障害者を雇用している事業所では、メンタル不調の休職者が職場復帰後に安定的に働けている割合が高いという傾向が明確に表れています。これに対し、現在、障害者を雇用しておらず、過去に精神障害者を雇用した経験もない事業所では、そもそも職場復帰する者や1か月以上の休職者がいない割合が高く、メンタル不調時の休職や職場復帰のハードルが相当高いことが伺えます。

(参考)雇用経験別の職場復帰状況

障害者雇用を進めている職場では、職員同士の関係も含め、職場の雰囲気が良くなったという声を良く聞きます。障害者雇用を進める際には、それぞれの障害や能力に即した職域開発が行われますが、そのことが普通に行われる職場文化が形成されていくことは、メンタル不調者が職場復帰しやすい職場環境につながるように思います。今回の調査結果は、これまで障害者雇用の現場で直感的に感じられていた障害者雇用の効果というものが、データによって裏付けられたとも言えるでしょう。

(資料)「精神障害者の雇用に係る企業側の課題とその解決方法に関する研究」(2016年3月)

看護師の仕事は激務と言われています。特に、夜勤を伴う病棟業務は、夜間に少ないスタッフで長時間対応するため、負担の大きい業務です。このため、子育てや介護等の事情を抱えていると、病棟勤務は難しくなります。子育て等に対する配慮は社会全体として進んできましたが、看護師の人材確保という観点からも、医療現場にはこうした配慮が不可欠となっています。夜勤のない外来部門や人間ドック部門等への異動により、退職せずに働き続けられる機会が拡がってきました。

看護師本人が病気や障害のために病棟勤務できなくなった場合も、同様に配置転換等で対応することが考えられます。もっとも病気や障害の状況によっては、正規職員の勤務形態で働き続けることが困難な場合もあります。このような場合にも、看護職として病院に残る道を選択できるようにしている病院があります。

東海地方にある公的病院では、様々な事情で正規職員として働き続けることが難しくなった看護職には、契約職員への切り替えを選択できるようにしています。その上で、原因となった事情がなくなれば再び正規職員に復帰できるなど、柔軟な対応をしています。

こうした対応は看護師として働くことが前提ですが、病気や障害の状況によっては看護師業務そのものが困難になる場合もあります。その場合には離職しか選択肢がないように思われがちですが、この病院では更なる選択肢として、看護職から看護補助職に職種を変更する道も残しているそうです。同じ病院内での職種変更は、職場の同僚の目も気になるでしょうし、国家資格を持つ専門職にはハードルが高い決断でしょう。それでも、離職して新たな仕事を探したり、不慣れな仕事に従事することで、心身に大きな負担をかけるより、職種変更で業務の負担を軽減した上で、慣れた職場でこれまでの経験を活かして働き続ける方が、本人にとって良い場合もあるのかもしれません。

この病院では、このように職種を変更して、看護師資格を持ちながら看護補助業務を行う方が何名かおられるそうです。先行事例が院内で温かく受け入れられたことで、こうした道も選択肢の一つとして受け止められているようです。

こうした職場復帰の場合は、障害の状態があっても障害者手帳を取得されることはあまりないため、障害者の実雇用率としては算定されないことが多いと思われます。一方で、手帳がなくても利用できる外部の就労支援機関のサポートや助成金制度もありますので、本人の状態に即した仕事を見出したり職場環境を整える際に活用いただくと良いでしょう。

医療機関で働く障害のあるスタッフの中には、障害のあることが仕事の上での強みになっている場合もあります。

中部地方にある民間の精神科病院には、以前その病院に入院して、現在も通院しているピアスタッフが十数名雇用され、様々な仕事に従事しています。この病院では、就労はリカバリーの重要な要素であるという考えのもとに、院内で働く機会を作ることにも力を入れており、短時間勤務からステップアップして、フルタイムで働いているスタッフもいます。

病棟で働くスタッフが担当しているのは、シーツ交換等の看護補助的な業務が中心となっています。この病院では、生活訓練的な意味合いから、シーツ交換などは入院患者もできる範囲で協力してもらっていますが、患者さんの中には動作が緩慢な方も多く、健常者の看護補助者だと待ちきれずにやってしまうこともあるようです。これに対してピアスタッフの場合は、もともと患者さんに近いゆっくりしたペースであるため、辛抱強く待つことができ、時間をかけて一緒にシーツ交換を行えているそうです。

同じ病気を体験したものとして、患者さんの気持ちが理解できることもピアスタッフの強みでしょう。患者さんにとってピアスタッフの存在は、身近なリカバリーのモデルとしても感じられているようです。退院して地域で生活しながら、他の患者さんに役立つ仕事をする道もあることを知ることで、退院や就労への意欲も高まるようです。

ピアスタッフの中には地域の一般事業所に就職していく者もいるため、ピアスタッフの仕事は一般就労に向けたステップという意味合いもあります。退院後の地域生活の先に具体的な就労の姿がイメージできることは、退院支援において大きな力を発揮するものと言えるでしょう。